2008-08-31 [Sun]
仁王が、死んでいた。
いや、それはいささか語弊がある。
死んでるかのようにうなだれている、そんな所だろうか。
ともかく、
うざい。
「おい、仁王、何なんだよさっきから。話しがあんならちゃっちゃと言え」
本心を言うのはさすがに憚られたので、何気なく言葉に棘を残しつつ、先を進めようとする。
当の本人は「うぅ」なんてやる気があるんだかないんだか、(ないんだろうけど)、生返事だけしてまた沈黙してしまった。やばい、ほんとうざい。
(あーめんどくせぇ…大体どうして俺様が仁王の相談なんかに乗らなきゃいけねーんだよ)
丸井はいつも常備しているガムを口に放り込んで誰もいない教室を興味はないがぐるりと眺めた。一分の消費にもならない。あぁ、つまんね、口癖のように窓の外に目をやる。空は、青くて、広かった。
…俺は詩人じゃないし、それ以上感傷に浸るっつーか、それ以上別にどうも思わねぇっつか、だからあれだ。
柳生が。
あいつが当然のように俺に恋バナなんて似合わねえもん相談しにきやがって(でも昔からそうだ、彼は真っ先に俺に何でも相談してきていた)、俺は酷く絶望した。
唐突に『鳥はいいですね』なんて呆けた事を言い出す天然なこの少年を俺は大事に思っていた。周りから少し浮いた存在であった彼は危なっかしくていつでも守ってきた。
だのに。
今目の前で死んだようにうだうだしている白髪の(銀髪だなんてカッコイイ事言ってやらない)男に柳生は一目で恋に落ちた。それはもう抜けることを許さない落とし穴のように。
幸いだったのが仁王もまた柳生に一筋だったということだけ。
俺にはちっとも幸いじゃない。むしろいつか言っていた、鳥のように空を飛んでいるだけの存在になってしまえば良いと思う。
そうしたら誰のものにもならないのに。
「………のぅ、ブン太」
もそりと鬱々とした表情で顔をあげる。
「あ?んだよ」
台詞の端々に窺える不機嫌さは致し方ない。
「柳生は良いコぉじゃな」
「そりゃそうだろぃ」
俺がそれを一番近くで見てきたんだ。
「泣くんじゃよ」
「は?」
「お前を苦しめてないか、お前に捨てられるんじゃないか、て」
……なに? ソレ
「酷くない?なぁ、これって浮気?なんか酷くない?俺よりブン太?みたいな」
ぽつぽつと俺に対しての不満なのか、柳生に対してなのかわからないけれど、仁王は確かに釈然としない思いを少なからず俺にぶつけていた。
「なぁ、恋愛感情で好きな男よりも優先する男に対しての感情って、なに?」
仁王は心底わからない、といった態で俺を見つめた。真っ直ぐな瞳だった。
俺にだって、そんなことわからない。
俺は柳生じゃない。俺は柳生が好きだったただの男だ。
「…それってあれじゃねぇの?」
「ん?」
「恋人と親友どっちとんの、みたいな。柳生、誰かと付き合ったことないんだから大目に見てやれよ」
ぱちくり、と仁王が一回目を瞬かせた。
「あぁ、なるほど。確かに。そうか。忘れてた」
仁王はどこか人間臭さが無い為、そういった所に無頓着だ。無知とでも言うべきか。
合点がいったらしく急に元気になった彼は先程よりも、うざい。明るい笑顔が余計腹ただしい。
「なぁ、ブン太」
「んだよ」
「悪かったな」
「…気色わりー」
「柳生の事、俺真面目に好いとるから。安心し」
「意味わっかんねぇ。お前らが付き合おうと別れようと俺には
「好きだったじゃろ、お前、柳生ん事」
…なんで知ってんだ。ほんとにこの男は苦手だ。俺の心を勝手に読んで暴いて勝手に哀れみやがって。
あぁそうだよ、好きだったさ。それがどうしたっていうんだ。どうせ俺はフられた可哀想な男だ。それが何だ。
「柳生もお前の事好いとったよ。たぶん、親友以上くらいには」
仁王のそれはただの慰めにしか聞こえない。
とんだ茶番だ。
ひどい劇。
俺は、血が出るくらい力強く
【手】
を握り締めた。
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